そろそろソロ曲

すば倉を推していたら干支が一周していたので、備忘がてら始めました。タイトルは2017年3月現在のきもち。

はてブはじめました

特にどうという日でもないけども、干支が一周しているという事実に感動したのと、ここ二年くらいやたらと推してくれている現実に感謝したので、備忘も兼ねてはじめました。

関ジャニ∞(ジャニーズ)中心のつもりだけど、所謂ジャニオタよりも浮気性気味なので、どうなるかはわからない。気づいたらただのフェスの参戦記録とかになりそう。

とりあえず勢い任せに作っただけなので、特に書くことがないから、今日はちょっと懐古厨でもしようと思う。

 

 

ジャニーズについて

所謂ジャニオタになったのは三馬鹿きっかけ、後にエイトさんだから、ある意味一途。でも人生で一番はじめにすきになったジャニーズは、いま思うと生田斗真天てれ戦士。いまでも好きです。「彼らが本気で編むときは」は、いまの日本の映画界ではかなり先進的な作品だと感じました。すてきだった。話が逸れた。

まああとはおばあちゃんの影響でSMAPと、学校へ行こうでV6、堂本兄弟KinKi Kids、USOで嵐とか、遡ればガキバラとか。

テレビっ子だったので結構ひと通り見てたけど、この頃にはどちらかと言えばモー娘。だったので、ジャニーズってなにかはわかってなかった。正直いまもよく分かってない。

すば倉について

関ジャニ∞についてを挟もうかと思ったけど、長くなるからやめた。ジャニーズという呼称こそ知ってたけど、いまいちなにか理解してないので、わたしはJ3から彼らを見ているけども、お茶の間タレント?若手芸人?とずっと勘違いしてた。(この件に関しては、深夜のローカル枠をお笑い芸人がよく持ってるっていう大阪あるあるのせいでもあるって未だに言ってる)2005年まで。皮肉なことに活動休止に至ることでようやく、彼らが何者なのかっていうのをちゃんと知った。

さておき、話したいのはすば倉について。

各所から怒られそうなんだけど、個人的にはこの二人をあまりものシンメと呼んでいる。というのも、J3とかほんじゃにでは既にヨコヒナ/山田の二人が息の合った相方に見えてて、内くんと亮ちゃんも何かとくっついてたから。

当時八人の彼らのうち、(言い方は悪いけども)爪弾きになった二人をシンメ扱いするしかなかった。なぜか、当時ジャニーズって絶対シンメがいるもんだと信じてた。いま考えると、剛健とか滝翼とかやまとまとか見てた世代だからな気もする。

その時点で完全なる偏見が形成されたので、その後まるちゃんが渋谷さんと絡んでても、どうにも山田がシンメにしか思えないままいまに至る。ちなみにいまに至る前には、ジャニ勉で山田がフューチャーされはじめて喜んだ。山田かわいいよ山田。

最初に二人を仲いいのかな?とおもったのは、まだ加入して間もないころくらいに、ふわふわしてた大倉くんの話を渋谷さんがしてたから。J3だったか、ほんじゃにだったか、犬を盗まれた話を、大倉くんが話し始めるよりも先に「大倉犬パクられてん!」って話だしちゃった渋谷さんのことをいまでも覚えてる。(そのあとひなちゃんが大倉くんに話を促す流れも、思い返すといまとなんにも変わってなくっておかしい)

2004年くらいに聞くジャニでおもむろに赤穂の話をされた時、決定的に落ちた。なんで?っていわれてもよくわからないけど、二人の親しいのか親しくないのか、でも仲は悪くなさそうな絶妙な距離感がすごくツボだった。この頃はまだ大倉くんがめちゃくちゃに距離がある感じなのに、すばるくんって呼ぶのも好きだった。

のちに渋谷さんの激励の件が大倉くんの口から語られたりして、年々ドブにハマっていく一方です。しんどい。たのしい。

飽きたからもういいや。

2017年の抱負

すば倉クロニクルをつくる

色々なまとめ記事が見れて便利な時代だけど、そのせいで古いレポとかがなかなか見れない!見つからない!じゃあ自分で作ろ!って思った。いまはちまちま時系列を作ってるところ。気まぐれ番長だからいつまでやる気が持つのか。見返したときには完成してるといいな……できてるー?

日記を続ける

特に止めると宣言もしないまま放置するのが目に見えてるので、ひとまず続けたいなという意思表示。とくにすば倉に関してはここに書きに来るとすば倉クロニクルが捗る、頑張りたい。

大倉くん呼びを頑張る

身内の前では何かと大倉呼びしてしまっているので、せめてここでは大倉くん呼びに徹したい。

 

おわり。

雑記って感じがする。Twitterにかまけてこういうことをしてなかったのでちょっとたのしい。クロニクル次第で明日も何か書く。